時短勤務が評価されない構造について

essay02 本音&人生観

時短勤務は、バッテリーの消耗が早い働き方だと思う

使いすぎたスマートフォンが熱を持つように、時短勤務中の私の脳はいつも熱を持っていた。

限られた6時間の中で、企画・ルーティン業務・役員プレゼン・新人教育・社内研修をこなす。
常に1.5倍速で頭を回転させながら、時計を見る。また時計を見る。

効率化しなければ終わらない。でも、その「効率化」は誰にも見えない。


「会社にいる時間=貢献」という、変えられない評価軸

3年間、時短勤務をしながら気づいたことがある。

どれだけ工夫しても、評価は頭打ちになる。

私がいた会社では、銀行などから出向という形で、現場の仕事をよく知らないまま部長クラスとして入ってくるケースが珍しくなかった。入社間もない彼らには、部下がどんな工夫をしてアウトプットしているかを把握する余裕がない。

結果として、仕事の成果ではなく「誰が長く会社にいるか」という滞在時間でしか貢献度を測れなくなる。

時短である以上、その軸では永遠に不利だ。

質を維持しても評価されない。時間でも評価されない。**「どん詰まり」**という言葉が、頭に浮かんだ。


保守的な環境が、静かに「未来」を奪っていく

評価の問題だけではなかった。

上場企業としてのセキュリティを優先するあまり、使えるAIツールや新しいアイデアがことごとく制限される。DX推進と言いながら、挑戦しようとするたびに壁が現れる。

世の中は毎日アップデートされているのに、会社の中にいるだけで自分の成長が止まっていく感覚。

「このままここにいたら、数年後には取り返しがつかなくなる」

その危機感が、私の背中を押した。


自分の市場価値を守るために、「個人の土壌」を選んだ

今は、AIを毎日フル活用している。
良き相談相手として、チームメンバーとして。

会社にいたときよりも、ずっと「前に進んでいる」感覚がある。

時短勤務の3年間は消耗の連続だった。
でも、あの虚無感があったから、今ここにいる。


まとめ:時短勤務が消耗する本当の理由

  • 効率化しても、プロセスは評価対象にならない
  • 「滞在時間=貢献」という評価軸は、上の世代の価値観に根ざしている
  • 保守的な環境は、気づかないうちに市場価値を削っていく

頑張っているのに報われない。そう感じているワーママは、あなただけじゃない。


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