「なぜ8時間、週5日じゃないといけないのか」
2人目の育休から復帰した日、私はあることに気づいてしまった。
1人目の復帰時にも感じていた違和感が、今回は確信に変わっていた。この「1日8時間、週5日」という枠組みが、ワーママの生活に絶望的に合っていない。
でも、誰もその前提を疑わない。上司も、同僚も、制度も。まるで「8時間働くこと」が空気のように当たり前になっている。
気になって調べてみた。
8時間労働の起源は、200年以上前だった
「労働8時間、睡眠8時間、娯楽8時間」
この考え方が生まれたのは、18世紀後半の産業革命時代。工場での肉体労働を管理するために作られた基準だ。
つまり、私たちは200年以上前に工場労働者のために設計された틀の中で、2025年を生きている。
今の仕事を思い返してほしい。インターネットもAIも日常に浸透した時代、場所も時間も選ばないホワイトカラーの仕事に、毎日一律8時間という枠が本当に必要だろうか。
事務職なら、早く終わる日もある。集中して一気に進めたい日もある。どうしても時間がかかる日もある。その「波」を無視して、何が何でも8時間デスクに座り続けることは、生産性を高めるどころか、思考を停滞させる。
子どもと過ごせる時間は、今しかない。それを会社で無駄に消費している感覚が、ずっと拭えなかった。
AIが進化しても、人間が楽にならないパラドックス
近年のAIツールの進化は目覚ましい。効率化すれば、その分だけ拘束時間は短くなるはずだ。
でも、現実はそうならない。
効率化して生まれた時間に、また別の仕事が詰め込まれる。早く終わっても定時まで「居る」ことが求められる。
これはつまり、「時間を売る」という古いOSの上に、最新のAIを走らせようとしているようなものだ。システムエラーが起きるのは当然だった。
AIで効率化を追求することと、労働時間が固定されていること。この矛盾が、私を正社員という枠の外へと向かわせた、最初の理由だった。
まとめ:8時間労働に違和感を持ったら、それは正しい感覚かもしれない
- 8時間労働は産業革命時代の工場労働を管理するために生まれた基準
- ホワイトカラー・ワーママの生活リズムとは根本的にミスマッチ
- AIが進化しても「時間を売る」構造が変わらない限り、矛盾は解消されない
「なんかおかしい」と感じている人は、おかしくない。その違和感は、200年前の常識に気づき始めたサインかもしれない。
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